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(ろく)13歳のハローワーク

初めてバイトした日や、新入社員として初出社した日のことを思ってみる。
どんな仕事をするんだろう。どんな同僚がいるんだろう。
と、不安を抱えると同時に、ちゃんと仕事をしたい!とやる気いっぱいだった。

先輩の不手際や指導力不足で仕事がなかなか回ってこなかったら、身の置きどころがなかったし、一緒に入った友人が残業するほど忙しくしていたらうらやましかった。
普通の人間はヒマより、仕事があって忙しいほうがうれしいようにできている。

だから、小泉首相が「実体のない勤務形態」を質されて、
「人生いろいろ、会社もいろいろ、仕事もいろいろ。会社に入っても出社しなくていい人もいる。留学する人もいる……」
というようなことを言ったとき、ビックリを通り越してあきれた。
「昔は太っ腹の人が多かった。見返りを求めない支援だった」というようなことも話された(不確かだが、このような要旨だったと思う)。

確かに今、在宅勤務の人、企業から派遣されて留学する人がいる。ただしタップリ見返りを期待されているけれどね。
小泉さんはご自分のせりふをおかしいとは思わなかったらしくて、その後も同様の発言を繰り返している。

仕事って、働くってそんなに軽いものなのだろうか?
全国にフリーターが417万人(国民生活白書)といわれるこの時代、税収入や保険料収入がとどこおったらこの国の将来を支えられるはずがない。

一国の長だったらたとえ、ご自身が常識とは違う経歴の持ち主だったとしても、立場を考えた発言をしていただきたかった。
こどもが定職にも就かず、したがってろくに税金も各種保険料も支払わず、
「人生いろいろ、仕事もいろいろ、うまく立ち回るさ、首相だって言ってるじゃ~ん」
と、フラフラしていたらどうする?

あと半年で63歳になる小泉さん。『13歳のハローワーク』でも読んで、仕事はいろいろ(あっ、これは正しい)、真面目に取り組んだら、収入もやりがいも得られると若い人たちに声をかけてほしい。


AUTHOR: Nonbei DATE: 06/29/2004 16:57:28 彼を弁護する気はありませんが、私たちとは縁のない「いろいろ」について。
彼は、1969年8月ロンドンに留学中に衆院議員の父親を亡くし、急ぎ帰国。後継として12月の総選挙に出馬、落選。
その後、議員としての準備が皆無だったため、後の総理・福田赳夫衆院議員の住み込み秘書(書生)になります。その際に無収入では暮らせまい、と亡父のつてで、不動産会社の幽霊社員になる訳です。しかし、1972年12月に初当選してもその会社から給料をもらっていたのも事実のようです。ちなみに当時国会議員が国民年金に加入するのは違法でした。
結局「パトロン」の世話になっていた訳で、仕事の名目は「書生」で、実際は次の選挙に備えていたということでしょう。
現在でも議員落選時代に、勤務実態のない会社から給料をもらっている連中は、自民・民主にも結構いると聞き及んでいます。当然その期間は毎日選挙区を歩くのが仕事なんでしょう。

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みんみんさま
今夜は一度うたた寝をしまして夜更かしをしています。このあと友人に借りっぱなしの「婦人之友」でも少し読もうかと・・・・・・。
この本は自分では買いませんが、読んだあとは少し賢くなったかな?と感じます。

私は小泉さんに頑張って欲しいと思っていますが…
政治家って何だ?って感じです。
何だか、国を支える政治家がコレじゃあ、日本もおかしくなるわ…と思ってしまうのです(^^;
結局、自分達が儲ける為に頑張ってる気がしちゃいます。。

小泉氏の「無神経な発言」は明らかに私たちを愚弄しています。
が、「いろいろ」読んだり、聞いたりしてみると。
議員の仕事の大半は、地元有力有権者・企業との付き合いであり、彼らの「陳情」≒「たかり」の便宜を図ることです。
そんなことしたくて議員になった訳じゃないのに。
私は、「この有権者にして、この国会議員あり」「どの国も有権者のレベルにあった議員しか持つことができない」のでは?
と思っています。
で、議員と関係ない私たちは、どんどん政治から遠ざかっていく、と。
・・・何かやっぱり弁護してる感じですね。

chocoberryさま
お金をもうけるのはいいのですが、そこに不正があっちゃいけないですよね。
どうせ……っていうあきらめの発想だけは持ちたくありません。

Nonbeiさま
遠ざからないで近づきましょうよ。
私は娘やまだいないけど孫のことを思ったら、ずるがしこい人が闊歩する世の中だけはイヤなのです。

13歳のハローワークを書いた「村上龍」が世田谷区の総合学習講師として中学校にやってきました。テレビでその一部を報道していました。
ある生徒が「あなたは何故小説家になったのですか?親は反対しなかったのですか?」と聞きました。彼の答えは「たまたま書いた小説が賞を取っちゃったんで、それで親も反対しなかった」と答えたのです。
何だか、あの素晴らしい本が薄ぺらく見えた一瞬でした。「ラッキーなやつしか成功しないのか!」と怒りさえ沸々。質問した生徒の顔は曇っていました。

再び登場!(^^;)
人は一生仕事をしたいと言うか、お役にたっていると言う実感が生きがいになるのではないのでしょうか。少なくとも日本人はそうだと思っています。
もし、そう思わないで暢気に老後を送っているのなら、よほど若いときに仕事をしすぎてしまったのか、そうでないのであれば単なるグーたら老人です。年金をあてに生きる老後より、税金を払うくらい頑張っている老後のほうが生きている実感があるはず。今の老人は年金をあてにしすぎです。
もっと頑張れ!でも、現実は30過ぎると働く場が少ないですもんね。どうしたもんか。

おたまさま
村上龍さんは『限りなく透明に近いブルー』以来ず~っと永い間、私とは住む世界が違っている人として存在していました。
それでも彼の作品は読んではいましたが、がぜん近づいたのが5年前の『あの金で何が買えたか』でした。
世田谷区の講師のときの発言はそれこそ、立場を考えて発言してよと言いたいですが、ラッキーだった第一作以来、本を書きつづけているエネルギーはたいしたものだと思います。
JMM(メールマガジン)を読んでいても結構若い人に目を向けているなあと思います。
今後の日本のことも考えていると思えます。
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